開催日:平成30年1月17日 於:太閤園 
平成30年1月17日(水)、平成30年新年互礼会が開催されました。
 
  ・・・・・ 目 次 ・・・・・
     新年互礼会 開催報告  
     会長挨拶 -  会長  岡崎 謙二 -    
     来賓挨拶 -  茂木 良夫 双日 代表取締役副社長執行役員 -    
     乾杯の音頭 -  北村 禎敏 -    
     米寿者お祝い代表答礼 - 森 正子 -    
     新年互礼会アルバム   
         
***   平成30年新年互礼会開催のご報告  ***
 
  新年互礼会を1月17日(水) 午前11時30分より太閤園にて開催しました。

早朝よりの雨の中、足元の悪いところ、120名の参加を戴き、 又、双日竃{社からも茂木良夫副社長執行役員はじめ10名のご列席を得て大変な盛会となりました。

 岡崎 謙二会長の年頭挨拶、茂木 良夫 双日兜寰ミ長のご来賓挨拶に続き、今年度目出度く米寿を迎えられた、16名の方々に対するお祝い目録を手渡し、米寿者代表で森正子より答礼挨拶を頂き、引き続き、 北村 禎敏の乾杯のご発声にて宴会に入りました。

 宴会の中程には、今回の余輿は、カラオケを行い、出演者7組及び飛び入り出演戴き会場に華を添えて戴きました。
ご参加各位には充分楽しんで戴いた年頭の催しは、凡そ14時20分頃に森 慈郎世話人役員の中締め挨拶を戴き、14時40分に無事閉会となりました。

 茲に、岡崎 謙二会長 ・茂木良夫双日兜寰ミ長 ・ 米寿代表答礼森 正子様 ・ 乾杯ご発声 北村 禎敏様のご挨拶全文とスナップ写真を添えさせて戴きます。
 
***   会長挨拶  -  会長  岡崎 謙二 -  ***
 皆さん、新年明けましておめでとうございます。 本年度より会長に就任致しました岡崎 謙二でございます。 新年を寿ぎまして、一言年頭のご挨拶を申し上げます。
 改めまして、「平成30年・ニチメン大阪社友会・新年互礼会」 をご案内いたしましたところ、皆様には大変足元のお悪い中をご参集くださいまして誠にありがとうございます。
 また、双日ご本社からは、年頭の大変お忙しい中、わざわざ東京から茂木副社長様をはじめ、田中常務様、後藤常務様ほか、多数の役員幹部の皆様方に、ご列席頂き厚く御礼申し上げますと共に、平素のご厚情に対しましても、心より感謝申し上げます。
 さて、本年度も例年の通り、ニチメン(株)ゆかりのここ太閤園にて新年互礼会を開催することが出来ました。 只今、山村世話人代表からのご報告の通り、本日は132名のご参加と、昨年に引き続きたくさんの皆さんにご出席いただきました。 本日は、どうぞ、最後まで、ごゆっくりと新年の賀詞交換をお楽しみください。
 こののち、恒例によりまして、本年、目出度く、88歳の米寿をお迎えになられます16名の皆様方に対し、お祝いのセレモニーを予定しております。 皆様とともにお喜びを申し上げたいと思いますのでよろしくお願い致します。 皆様方が、これからもますますお元気でお過ごしいただき、白寿のお祝いをも申し上げられることを願っております。
 さて、昨年の総会の折、皆様方からご承認を頂きました、当、ニチメン大阪社友会創立10周年の記念事業として、10月17日に、ニチメンにとり懐かしい場所でもある、北御堂本願寺 津村別院 二尊堂にて、 「ニチメン大阪社友会物故者をしのぶ会・法要」 を双日(株)後藤常務ほか5名の双日関係者の方々にもご出席いただき、社友会の新・旧役員が列席し、当社友会の副会長でもある、金谷導師の読経の下、お名前のわかっている272人の物故者の方々をしのび、しめやかにご供養を行いましたことをご報告申し上げます。
 世の中は、一昨年から、昨年と、大いに動いております。
*2016年、6月イギリスが国民投票でEU離脱を決定したことによるEUの混乱
*中東問題が激化し、難民がEUになだれ込んだ
*欧州でテロが頻発した
*一方、アメリカではオバマ政権に替わりトランプ政権になりましたが、いまだ政権が安定せず、さらには最近ではトランプ大統領がイスラエルの首都をエルサレムと認めた、さらにはアフリカ侮辱問題などよるアメリカ離れの懸念
*更には、日本近辺では、朝鮮半島情勢の緊迫化、
などなどで政治的にも、マーケット的にも、アップダウンはしておりますが、長い目で見て右肩上がりのトレンドは継続しており、バブル期の急激な上昇とは全く別に、世界経済は緩やかな上昇を続けております。 安倍政権も昨年の、突然の衆議院解散に打って出た結果、民進党・希望の党の敵失もあり、自民党が絶対多数を確保することが出来、さらなる安定政権が続くものと思われます。 ここにきて、ますます、自民党も謙虚な気持ち・姿勢で政権運営を行ってもらいたいものと願っております。
岡崎 会長

 2012年12月に始まった安倍政権の「アベノミクス」も、過去、57ヵ月続いた戦後2番目の「いざなぎ」景気を超え、さらには、来年2019年1月を超えれば、73ヵ月続いた「いざなみ」景気を超えて、戦後1番目の長期景気継続の記録を作ることになります。 2019年には、天皇陛下の生前退位で、元号も変わることとなり、今年の後半からは、日本経済にとっては特需が起こる可能性が高いので、日本政府としては、それまでの1年間を何が何でも景気維持をすることが、最大の課題となっていくことと思われます。
 双日(株)ご本社様も、この流れに沿って、また、資源価格の回復基調もあり、しっかりと利益を上げられているとのことで、頼もしく思っております。 市場もそれを好感してか、株価も上がっておりますこと、ご同慶の至りです。
 昨年末に、米国サンフランシスコ、シリコンバレーとテキサスのダラスに行って参りました。 カリフォルニアでは、最先端のテスラーの電気自動車がバンバン走っておりますが、テキサスではシェールガス・オイルが採れるため、いまだにガソリン車が安い石油をまき散らしながら走っているという、米国内でも、全く異なった世界を見て来ました。 今後長い目で見れば、脱石油という方向に向かうことは必定であり、将来的には、それに向かって、全く発想・技術の転換が必要な商い環境になると思われます。 今後の先行きには、さらには、人手不足や朝鮮半島などの海外情勢に対する懸念もあるとは思いますが、引き続き企業の設備投資への期待も見られますので、双日役職員の皆様には大変ご苦労様ですが引き続き宜しくお願い致します。
 最近(1/10)の産経ニュースの中で、パキスタンについての記事が出ております。 「パキスタンと日本とは交流の歴史も長い。 英領時代の1918年に日本綿花(現双日)が南東部カラチに進出しており、パキスタンが成立した49年には日本に対していち早く綿花の輸出を解禁した。 パキスタンからの綿の供給に支えられた日本の紡績産業が、高度経済成長の原動力となった側面もある」 と書かれています。 今年でちょうど100年目ということ、また、そのパキスタンで長らく繊維機械を売りまくって来た私にとっては、まことにうれしい記事でありました。
 ご挨拶が長くなりましたが、それではお時間の許す限りごゆるりとご歓談頂き、旧交を温めていただきたいと思います。  最後になりましたが、本日、会場にご参集頂きました皆様方のますますのご健勝とご多幸を願い、また、双日(株)・ニチメン大阪社友会のますますの発展を祈念いたしまして、私のご挨拶とさせて頂きます。
                      以上   
(カラオケの途中で以下のご連絡を行った)
社友会と致しまして、双日の事務所移転、社友会の役員の大幅交代もありまして、現在、イベント行事の見直しを行っております。 以前より、行っておりました、写真展・絵画展につきましては、従来は、社友会の事務所内で行っておりましたが、新しい事務所が非常に狭いため、双日(株)後藤常務のお取り計らいで、双日(株)の食堂の一画に、場所を確保頂きましたが、小さな作品が6点しか展示できないという制限がありますので、しばらくはお休みとさせて頂きます。  また、囲碁の会も担当の役員がいないので、しばらくお休みさせて頂きますが、日商岩井社友会さんとの交流戦は(3月12日)10名の対戦ということで、引き続き難波の囲碁センターで行う予定にしております。 前の担当役員であった白川さんが、現在、囲碁の会を再開できないか?ご検討をして頂いておりますので、結論が出次第お知らせいたします。
その他、イベントとしては、春秋開催のウオーキング(次回は4月8日 明石へ)およびゴルフの会(5月8日 六甲カントリー)は引き続き開催しておりますので、どうか奮ってご参加下さい。
尚、皆様にはあまり馴染みがない、聞いたことがない話とは思いますが、双日(株)様の関係する禅塾が京都の長岡天神の近くにございます。 これは、岩井商店を興された岩井勝次郎さんが、晩年に開塾された禅塾で、双日(株)もメンバーである最勝会グループの各企業の寄付で「公益財団法人」を設立し、運営されております。 日商岩井のOB・OGの方々は、暖かくなったら、この禅塾で座禅をしたり、お説教を聞いたりして活用されております。 もし、社友会の皆様,或いはご家族でご興味のある方がおられましたら、社友会の方にご連絡頂ければ参加の手配をさせて頂きますので、どうぞご遠慮なくお申し越し下さい。
ほかに、もし、何かやりたいこと、やってもらいたいことがありましたら、社友会の方にご連絡頂きたくお願い致します。
***   来賓挨拶  -  双日 代表取締役副社長執行役員 茂木 良夫 -  ***
 皆様 あけましておめでとうございます。 ただいまご紹介にあずかりました双日の茂木でございます。
 さて昨年1年は双日にとって藤本社長誕生という一大イベントがあった年でもあり、また佐藤執行部の仕上げの年でもありました。  幸いにして財務基盤の強化も成し遂げ、またネット利益500億円超に向け種をまいた事業が徐々に花開いた年でもありました。
 一方、世界の政治はトランプに始まりトランプに終わった年でもありましたが、世界経済は中東、アフリカそして南米の一部を除いて堅調な歩みを続けており、我が社もその波に乗ることが出来、今年は更なる飛躍を目指す1年とすることを役職員一同新年を迎え藤本社長の基に誓った次第であります。
この5月には新しく始まる中期経営計画を発表することになります。 この中計では増々双日の名を世界に知らしめる数多くの投資を実行してまいりたいと考えており、その実行の為の人材育成・獲得も着実に行ってきております。
ここ数年、藤本新社長の出身本部である自動車本部も世界各地でBMWをはじめとするラグジュアリー自動車ディーラーの買収を成功裏に行ってきており 昨年もここ大阪でBMW大阪を買収し、既に双日の傘下で営業を始めております。
来賓挨拶

お車お求めの際は是非一度ショールームへお運びください。  少し宣伝をさせていただきました。
 このように双日の積極的な経営姿勢は最近の株式市場でも徐々に評価され始め、それが着実に株価に反映されてきております。
 もちろんこれに満足することなく増々の我が社の企業価値の増大に努めますので諸先輩方々の熱くまた厳しいご指導をお願いしたいと存じます。
 最後になりましたがお集まりの皆様方のご健康とニチメン大阪社友会のご発展を祈念いたしまして私のご挨拶とさせていただきます。
ありがとうございました。
***   乾杯の音頭  -  北村 禎敏 -  ***
 只今ご指名を頂きました、北村でございます。 乾杯の前にほんの少しだけお時間を頂いて所感を述べさせて頂くことをお許し願います。
 実は、私も今回米寿のお祝いを頂くことになった16人のうちの一人でありますが、この様にして米寿を祝って頂けるのもニチメン社友会が長年にわたり双日さんから毎年多額の支援金を頂いているおかげであり、この機会に双日さんに改めて厚く御礼申し上げます。
 先程、我々を代表してお礼を述べられた森さんには、一貫して人事部外事課におられたことから、海外に行くたびにお世話になっており、私自身のみならず家族が私の赴任地のパキスタンやカナダにジョインする際にも大変お世話になり、家内も森さんのことを覚えており、私と共に米寿を祝って頂くこと大変喜んでおります。 また、森さんにはニチメン社友会発足の時から現在に至るまで世話役として何かとお世話になっており、本当にありがたいことと思っています。
 ところで、昭和29年に日綿実業株式会社に入社した我々同期は、ニクマレ会という同期会を作り、長年にわたり交流を深めて来ました。 然しながら、すでに他界された方も多くおられ、私の場合は、仕事上の親友、玉柏善久君、高木秀明君、そして山歩きの親友小見繁夫君がすでに亡くなられており、共にお祝いしていただけないのが残念でなりません。 すでに亡くなられたこれら同期の方々の菩提増進を改めて祈念する次第です。
 それから、今日は、くしくも阪神淡路大震災から23年になります。 私は当日、横浜に出張していましたが、あくる日の新幹線で名古屋へ、そこから近鉄線で大阪へ、それから地下鉄、阪急電車の西宮北口の駅から家まで一時間半ほど歩きましたけど、本当に沢山の方が亡くなられて散々な状況でした。 私の場合は、西宮の自宅が半壊だけで済みましたが、改めて亡くなられた方々の菩提増進を皆様方と共に祈念したいと思います。
 ところで、私自身も飛行機事故に合い、九死に一生を得ています。不運だったら58年前に鬼籍に入っていたかも知れません。
それは、昭和35年に初めて海外へ赴任の際、羽田から乗ったノースウエスト・エアラインのDC7-C型プロペラ機のエンジンの一つから出火し、已む無く、マニラから近い海上に不時着したのであります。 救命ボート4隻をつないで約4時間後にアメリカ沿岸警備隊に救出され、入国、通関の手続きも無く、マニラ空港から病院に運ばれましたが、一時は自分の命もこれ迄か!と覚悟した時がありました。 当時ニチメンの岡島社長からは二度もお手紙を頂き、 「一度帰国しても良い」 と言われましたが、そのまま、パキスタンのカラチに赴任しました。
来賓挨拶

  其の後、長年に亘ってニチメンが光り輝いていた市場と業界に於いて働かせて頂いた事は、私にとってこの上もなく幸せなことでした。 その市場とは、パキスタン、インドネシア、中国の新疆ウイグル自治区であります。 またその業界とは繊維機械を中心としたプラント輸出業界であります。 そして、パキスタンでは、私の赴任後まもなく、現在の天皇・皇后両陛下が、皇太子・皇太子妃としてパキスタンのカラチを訪問され、我々、日本人会主催の歓迎会で親しくお目にかかれたことは、つい最近のことの様に覚えています。 そして、当時財界の総理といわれたNSKの今里広記社長や、その後、行革で手腕を発揮された東芝の土光さんもカラチを訪問され、親しくお話をさせて頂きました。 これもニチメンがNSKのボールベアリングの設備を、そして東芝のマイクロウエーブの設備を輸出していたからであります。 新疆ウイグル自治区ではニチメンが初めて、相手がすぐに外貨の手当てを必要としない補償貿易で数々の設備を輸出し、日本商社としては始めて大々的な食品関係の機械の展示会を行い、大変喜ばれました。
  福井相談役や、松田副社長にも来て頂きましたが、最終日には、胴上げをして貰い、空中に舞い上がったことは、今でも忘れられません。 更に、定年を前に、ソフトウエアーの会社に出向させて頂き、その会社のお客様の大半が大企業であったことから、関西電力の情報部門相当の役員や、東洋紡の情報システム関係の子会社、東洋紡システムクリエートの社長さん達ご夫妻と私も家内と共にアメリカへの研修旅行に参加させて頂いたりして、70歳まで楽しく働かせて頂いたことは、全くニチメンのおかげであり、感謝に堪えません。 今もOB会に呼んで貰っております。 私としては、双日万歳! 社友会万歳!と叫びたいところではありますが、事務局からは、乾杯の音頭をと言われていますので、この辺で乾杯を致したいと存じます。
 それでは双日株式会社の益々のご発展とニチメン出身者のいる限りニチメン社友会が存続することを願い、併せてご在席の皆様の益々のご健勝とご多幸を祈願して、乾杯いたしますので何卒ご唱和願います。
乾杯!! 
有難うございました。
***   米寿者お祝い代表答礼  -  森 正子 -  ***
 本日は、私共の為に米寿のお祝いをして下さいまして、ありがとうございます。
 思えば昭和26年の春入社させていただいて以来、六十有余年がたちました。 人事部外事課という課にタイピストとして入ったのですが、課長から事務の仕事をするように言われて、ある時から社員が海外へ出張や赴任をされる時のビザをとったり、航空機の手配をする仕事をするようになりました。
  その後、ニチメントラベルという会社が出来てそこに移りましたが、それまで人事移動をしたことのない女子社員がすべて移動することになった時も、変わらず同じ部署におりましたので、一度でも海外出張や赴任された方はおぼえております。 知り合いがたくさん出来て、ありがたいお仕事だったと思っています。
  でも今思い出しても恥ずかしい大失敗で、忘れられないことがあります。 ロンドンに駐在して居られた欧州総支配人が、一時帰国されて又帰任される時、ニューヨークに立ち寄って帰られることになりましたが、今はどうか知りませんが、米国の通過ビザが必要なのに全く気がつかなくて東京へ行かれました。
林 会長

東京の外事課の方が気がついて、ビザをとって下さったので事なきを得ましたが、今思い出しても冷や汗が出ます。 誰におこられることもなく、支配人も無事に帰任されましたが、恥ずかしい失敗です。 色んなことを経験し乍ら暮らして参りました。
  定年後は少しでも会社の恩に報いる為、社友会の仕事をするようになり、今に至っております。
本日はありがとうございました。
*****  新年互礼会 アルバム  *****
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